1週間たってもまだ余韻の残るポケミクライブであった〜
記憶のあるうちに1曲1行感想です
続きを読む
高市首相の電波オークション導入の記事に対して、偏ったイデオロギーに基づく安易なコメントが散見されます。*1
この偏見が民主主義の名を借りて国の方向性を曲げることはないと思いますが、そもそも一般にそういう印象を与えること自体も看過できません。電波行政を片隅から眺めている一人として、できるだけ事実に基づいて、現状を整理しておこうと思います。
以下の総務省サイトで、どの帯域でどういった通信がされているか確認しておくとよいです。
https://www.tele.soumu.go.jp/j/adm/freq/search/myuse/use/index.htm
携帯電話でよく言われる700~800MHz付近、「プラチナバンド」がなぜそう呼ばれるのかというと、「よく飛ぶから」です。建物や山陰にもある程度回り込んでくれます。
一方で低い周波数になるほど用意できる帯域幅が狭くなり、伝送容量も小さくなります。一般にプラチナバンドの回線は、音声通信では十分ですが、ライブ配信といった低遅延・大容量の通信には力不足です。*3
携帯電話のように、基地局を稠密に置局し個別通信を多数収容するスタイルにおいて、プラチナバンドだけを使うと、帯域不足で通信の混雑が激しくなって使い物にならなくなることが想定されます。プラチナバンドは、山間部や建物内、地下など、置局計画の難しいエリアにおいてとくに有用な帯域です。市街地の屋外や、大量の人間が集まるライブ会場といった場所では、1.2G、1.5G、ミリ波帯等、より高い周波数帯域の通信も合わせて使うほうが勝手がよいのです。
さて、このプラチナバンドのすぐ下、470-700MHz付近はテレビ放送に使われています。中にはテレビ放送をやめて、この周波数を携帯に割り振れという人がいます。
しかしテレビを全部やめたところで高々200MHzしか空きませんから、これを携帯4社で割れば50MHzです。この帯域は、携帯各社のいま保有する帯域の10分の1程度です。携帯電話のメインとなる周波数から見ると波長は2倍~4倍となるので、使うアンテナもそれだけ大きくなります。携帯電話が大きくなるということです。
そもそもテレビの利用者は減ったとはいえ国内だけで1日に数千万人はいますし、地域によって生じるテレビの空き帯域(ホワイトスペースTVWS)を活用した特定ラジオマイク(要はワイヤレスマイク)も多く利用されています。テレビ事業者よりはるかにたくさんのユーザーがいます*4。全部で数万局ありますから、移動させるのは恐ろしい労力がかかります。
参考:https://www.tele.soumu.go.jp/j/ref/material/radio/
なお、TVWSの活用は進めるべきだと思いますが、ネット上の情報では、空きchの数え上げが過大に評価されています。
こちらの記事では、40chあるうち地方では10ch以下、東京周辺で20ch以下しか使われていない(だから無駄だ)とありますが、これは出力の大きい親局だけの数え上げであり、chの異なる小規模な中継局が無視されています。*5
TVWSを活用する場合には、県単位ではなくもっと小さい地域単位で使用chを割り当てないといけません。
このような(民間の?)資料はポジショントークになってるものもありますので、総務省のアクションプランなどを見る方が客観的に見られるでしょう。
https://www.nic.ad.jp/ja/materials/iw/2018/proceedings/s07/s7-matsumoto.pdf
電波が使われる場面は、携帯電話やレーダーなど多岐にわたりますが、ここは通信回線に限って話をしてみます。
電波を使った無線通信が死活問題になるのは、山中や海上など、かなり不利な条件におかれる地域との通信が挙げられます。
海上はわかるけど山中なら有線を引けばよいのでは?という意見もあるでしょう。しかし条件不利地域は往々にしてユーザーが少ないことから、有線回線の設置費用を丸ごと被ることもあり、まったく経済的ではありません。
しかもこうした場所にある装置ならびに通信回線も、99.99%を超える高い可用性を求められることがあります。単純にメンテに行くのが大変なので、簡単に壊れてもらったら困るからです。
しかし山中は倒木で停電や通信断になることもままあり、予備として無線回線が必要になる場合もあるでしょう。本末転倒です。電気なら、発電機なり蓄電池なりを現地に設置しておけばよいですが、通信回線は簡単にバックアップできません。
したがって、条件不利地域との通信は無線が命綱です。*6
で、こうした高い可用性が求められる無線通信とは、テレビや電話、インターネット、防災無線等のバックボーンとなる通信が多く挙げられるでしょう。
より周波数効率の高い(占有帯域を狭くできる)変調方式を選ぶことで、ほかの目的に使えるよう帯域を空ける方法も考えられます。
しかしそれによって、一般に電波障害への耐性が低下します。例えば広い帯域を占有すれば、特定の周波数にだけ障害が起きる(フェージングといいます)ことを想定して、あらかじめ帯域を広く使ってデータを散らす(周波数インターリーブといいます)こともできます。
重要な回線の方式を安易に変えて、結果通信障害があってはいけませんから、重要回線の変調方式を変えるには十分なフィールドテストが必要となり、すぐには達成できません。
また、一般に長距離無線通信はフェージングの影響を受けやすいので、安全マージンをとるためにある程度帯域を広くとることになってしまいますが、一方で無線設備の総数が減らせる経済的メリットがありますので、安易に帯域を減らすことは同意しかねます。
いまのところ、多様な方式の電波を同じ周波数帯に共存させるには、現実的にはエリアや時間をルールで区切って運用することが一つの解決策です。
なお電波オークションは、現在広く利用されている周波数帯をいたずらにシャッフルするものではなく、新しい産業・電波帯域や、時代の流れで利用されなくなった周波数帯*7をうまく活用するための仕組みであることに留意しなければなりません。
見る人が減ったとはいえ90%もの一般世帯に普及している情報通信デバイス・テレビ。これに使う電波をなくすにはどう考えたって惜しいでしょう。
局に電波を開放するよう要求するならば、テレビの本放送をやっている電波ではなく、7GHzや10GHz帯といった放送のバックボーンを担う回線の再編を主張したほうがまだ筋がいいですよ。ただあなたが主張するより先に、7GHz帯を携帯電話に使うのか無線LANに使うのか、もう議論は始まっていますがね。
*1:電波オークションに関する法令改正は昨年行われていて、高市さんが総務相や首相の任期中の功績ではないです
*2:不法電波の監視などやることはいっぱいあります
*3:近年はMIMOといって、複数の周波数の電波をまとめて通信することで速度を上げています。そのうちの1回線程度にはなりえます
*4:10年ほど前にワイヤレスマイクのユーザーを移動させたことがありますが大事業です
*5:関東周辺など使用密度が高くなると想定される場所では、すでに親局も中継局も同じ周波数で運用するSFNが採用されています。ただしこれは電波干渉を防ぐため数十km離れた無線局を同期させる必要があり、コストも応分に高くなりますし、光の速さに起因する物理的限界にも直面します。
*6:例えばアメリカやオーストラリアは広大な国土に人口が散在しており、有線通信インフラがペイできず、衛星も含めた無線通信が主役となる地域が多く存在します。
*7:かつてのアナログテレビや、これからのAMラジオが挙げられるでしょう
わが青春の友「メルト」の超かぐや姫!バージョン「メルト CPK!Remix」がある日突然世に出た。とってもうれしい。
SNSで話題の超かぐや姫!ではこれが流れるんだな~胸熱だな~と思っていると、嫁様から鑑賞を誘われたので一緒に見ることにした。
初手でゲーミング電柱からかぐや姫が生まれたところを見て、これはポップでキャッチー非常事態、こんなかわいい子がかぐや姫なはずがな~い的なノリで見ればいいんだなと理解した。
彩葉がVTuberヤチヨにハマっている中、かぐやが突然現れて生活をかき回し、ヤチヨにケンカを売るところまで全速力で進んだところまではフムフムと見られて楽しかった。
帝なるキャラが出てきて、あ~竹取物語の無茶ぶり課題を受けるんだな~などと視聴者に知らしめ、日本人におなじみのストーリーを知っていること前提で進んでいく。
この課題パートが、絵に力は入っていてストーリー上は重要な位置づけではあるんだけど、それほど印象的とは言い難いと感じた。
かぐやと彩葉の絆を高める、彩葉の素敵ポイントをお披露目する、といったストーリー上の必要のために作られた舞台装置感が強くて、これまで似たような展開はほかの作品でも見てきたなぁという気持ちがよぎった。
そうであれば、印象的な絵作りとかキャラクターで魅せる別視点を感じたいところだが、30分くらいかけて「彩葉の笑顔が素敵」でファンが増えるというオチのみだったのが残念。
この辺のパート、言い出しっぺなのに嫁さんが半分寝てました。
一方で、ヤチヨが一見さんには*1ややこしい設定を納得感ある感じでテキト~にまとめる感じなど、視聴者へのストレスは極限まで少ない演出になっている点は素晴らしい。
な~んも話聞いてなくてもlolカッケェ~ 3人娘カワエェ~と思って見られるもん。
少し前のネットカルチャーを古典となぞらえて、日本最古の物語・竹取物語を再構成しようとする試みだと思う。
よく言えばポップカルチャー(ネットカルチャー)の集大成、語弊を恐れずに言えば、制作陣は、自分と見てきたものが似すぎている!
黎明期~発展期のボカロ曲を紹介しろと言われれば、ryo曲複数、ハッピーシンセサイザ、rayなんかは自分でも絶対に選ぶ。
話運びや仮想空間のデザイン性は、「千と千尋の神隠し」や「サマーウォーズ」がよぎってくるし、ぶっとんだかぐやの雰囲気は「アイの声を聴かせて」、ヤチヨのライブは「ONEPIECE FILM RED」がよぎる。
終盤の嘘EDも使いこまれたネタだし、彩葉が進路を曲げて受肉させる感動の展開は「ドラえもん最終回同人誌」によってあまりに自分の身に染みついている。
ざっと思いつく例だけ羅列したが、複数作品からの影響は、制作陣も意図的か無意識かはわからないが否めないはず。
平成を生きた全力オタクの心がまだ健在だったら、この青春全力盛りセットにもろ手を挙げて喜んだかもしれないが、今の自分には少し過食気味というか、既視感が勝ってしまった。
超かぐや姫!の制作にあたって選ばれたモチーフは完全に我々世代(30代)向けに違いはないが、ストーリーのテンションとしては10代・20代前半くらい向けな感じがする。
あっ これはインターネットの古典を若人に伝えるという試みなのか??
というわけで、絵は抜群に良いし、青春を思い出してちょっとうれしかったが、話が面白いか面白くないかで言うとちょっともやるので、こうして自分の頭の中を言語化してみたのでした。
あとあのストーリーなら2時間20分はチョットナガイネ。ライブシーンが見られてお得と思いましょう。
超かぐや姫!のタグをサクッと巡回して目に入った他人の感想を勝手に貼ります。
後半「世間とのズレ」節から言及されている「原作(元ネタ)リスペクト表現でエモを視聴者に感じさせることを意図するメタ表現が多い」という指摘は、非常に同意できる。まあ全力オタクだったころはこういうのですぐ心が沸騰したもんな。
それと、他の人の感想で軽薄なノリという表現も見た。
1980年代に、フジテレビの面白くなければテレビじゃないじゃ〜ん、というキャッチフレーズを筆頭に軽薄なノリが世に広まったという歴史が思い出される。
時に世はバブル絶頂からの崩壊を経て、エヴァのような考察の捗る作品が人気を集めたわけだ。
今はどうだ。バブル期を超える株価の中、景気いいところは景気いいぞ。90年代がそうであったように、世の中はもう一度揺り戻してエヴァ2世みたいな作品が流行る時代が6−7年後くらいにまた来るんじゃないか。
*1:あえてこう言います。多分、自分と同世代がこれまでの人生で普通に話題作に触れていたら、本作のストーリーと似たものは見たことあるはずで、中盤には展開を予測できる。
2年前のアニメ化がとても気に入り、その後も原作を追い続けているマケイン8.5巻(最新刊)を購入するべく書店に入ったところ、以前から本屋大賞とは認知していたところの「成瀬は天下をとりにいく」(文庫版)が目に入りました。
なんとなくト書きを読むと、惜しまれつつも閉店してしまったかの有名な(変な形状な?)西武大津店が舞台という点で、自分に宿る地理オタクの心が掴まれてしまい購入に至りました。
家に帰ってまずはマケインを読んでヒロインズの微妙な距離感にモヤモヤし、次の日は「超かぐや姫」を見て、ストーリーはさておき、制作陣と自分とで青春時代に通ってきたであろうものが似すぎていると思い、少なくとも超かぐや姫については何か文章を書き残しておこうと思いながら「成瀬」を開きました。
そうしたらあっという間に読破してしまい、自分の短期記憶が全部成瀬に上書きされてしまいました。
翌日本屋へ赴き、「成瀬」シリーズの続き2冊(単行本版)を大人買いして読破。
そうしてこの文章を書いているわけです。
最初は突飛で意味不明、全部自分で決めて突っ走るように見える成瀬だけど、周りの人との関わりで実は少しずつ変化していて、これが相手視点で語られることによって、成瀬の人物像がたちどころに際立ってくる。
最終巻を読み終わるころには、成瀬とはなんて可愛い愛すべきやつなんだと、親か親戚のオジサンみたいな感想にたどり着いてしまいました。
自分が本を読むときは、なんとなく文章を黙読している節があって、漢字の読みや接続詞のつながりがわかりづらいと引っかかってしまうことはよくあります。
本書の場合この点が大変なめらかで、引っかかる場所がなく読んでいてとても快適でした。
また、ちょくちょく挟まる地名の取り扱いが的確で、結果的に膳所から半径数kmの世界、あるいはその周辺の雰囲気がとても伝わります。
名神を走っていたら尾張小牧ナンバーの車がぶっ飛ばしてきた、みたいな何気ない1行の描写も、その描写のチョイスがステレオタイプにハマっていてわかりやすい。これが膳所とその周りの環境をイメージするのに一役買うわけです。
余談ですが、絶対に省略されない西武大津店跡地こと「レイクサイド大津におの浜メモリアルプレミアレジデンス」に意地と誇りを感じます。
まさに、かつてマッサマンしりとりをしたときに友達が繰り出してきたスリランカの首都・スリジャヤワルダナプラコッテを言い切る意地。ちなみにバンコクも正式名称はバカ長い。
Amazonレビューで見た「現実的な涼宮ハルヒ」が言いえて妙で、個人的にはさらにアラレちゃん的なカリスマ性があるなあとも感じております。
アラレちゃんの原作漫画にペンギン村のみんながアラレちゃんを追いかける話*1があって、それがまさに「信じた道を行く」の最終話なんですよね。
原作漫画は、最後にアラレちゃんがペンギン村村長になって、主要キャラも大集合したところで完結するわけですが、成瀬も同じ構図の大団円。王道でいいよね。
いわゆる俗っぽい文化がうまく織り込まれていますが、これは時間が経ってから読むとよくわからなくなる表現かもしれません。一方でこち亀がそうであるように、文章が書かれた時代性を知らしめる可能性もまたはらみます。
込められた時事ネタといえば
がぱっと思い浮かんだところ。
あと「天下を取りにいく」の巻末はなぜか主人公たちが大津を紹介する「くぅ〜疲」な展開になってて謎すぎて笑ったけど、これは「くぅ〜疲」と同じだ!と指摘して一体あと何年通じるのか。
成瀬が京大に進むこともあって、作中では森見登美彦オマージュの意もこめて、京大小説風味も加わります。
恥ずかしながら森見作品は未読なので、京大小説なる広がりがあることは知りませんでした。
森見登美彦も本作の作者も京大出身なので、作中で描かれる京大生はある程度モデルがあるんだと思います。
一方で、入試の日に現れる折●先生像をはじめ2chでいじられる狂った(と言われたい?)京大カルチャーに触れながら京大を2度受け2度振られた私にとって、フィクションで描かれる京大の学生像は実在するのか?というところに興味はあります。
おびただしい数の学生を抱え、1300年の歴史が横たわり、鴨川がすべてを赦す京都の街(偏見)は、学生を屈折したモラトリアムと知の闇に迷い込ませるには十分だし(偏見)、そもそもリアルの知り合いで京大に行った彼らを思い返せば、狂った京大に順応するか、ある日突然イスラムの礼拝作法をマスターしてきた彼のように自ら進んで斜め上におかしくなりそうな奴らばかりであるのも事実です。
だからフィクションで描かれる京大生は、相当確率で実在していそうだけど、フィクションの筋書きに囚われず多様性があるのかなというのが私の想像であります。
そうして知的に狂うには成瀬のようにほかの人の意見を的確に拾い上げて解釈できることが必要で、きっとそういう人たちが多いからこそ、安心して狂えるコミュニティが生まれる(と思われている)のかもしれないですね。
でもそんな環境って京大に限らないような気もします。京大という文字列(あるいは東大に対するカウンターパートが個性的であってほしいという期待)がもつ魅惑からやたらと妄想が広がったのか。つれづれにそう考える読後です。
もし成瀬が実写化するなら、個人的なイメージは山田杏奈です。
表紙絵のビジュアルに引っ張られすぎている気もするけど、彼女が映画ミスミソウで見せた眼力は強かったので。
サブカル・ポップカルチャー話題作を連続して見た2月の初旬でした。
*1:84話ドドドでペンギン村の巻
無事家が建ちまして、引っ越しを経て1週間程度暮らしてみた結果をつらつら書いて置こうと思います。
うちはリビングのソファ側のライトが3路スイッチになっています。要はリビング付近と部屋の入り口付近の両方で電気をOFF/ONできるわけです。
しかしリビングのテレビ側のスイッチは通常スイッチ。リビング付近にしかありません。
結果、消し忘れが発生。面倒。多少作業費は出すので直したい。
寝室にはベッドを2台連結して並べて、二人横並びで寝ています。ベッド際左右にライトを2つ設置して、これを枕元のスイッチで調光&電気OFF/ONできるというおしゃれホテル構造としました。
ただ2つとも同時にスイッチが効いてしまいます。一人だけ先に寝るときなど、片側だけ電気を消したいことがあります。調光できる置きライトでよかったのでは。。。
2階に4畳のファミクロを設けました。入口は「クローゼットだから」という理由で深く考えずに折戸にしました。
これが微妙でした。
理由は単純で間口が通常の開き戸よりも狭いから。
普通に開き戸にすればよかった。
2階にWi-Fi APを置くと電波の飛びが悪いので、1階にも置きたい。目立たないよう設置するために天井に設置したかったなぁという気持ちもありつつ
一方で、どこかの棚にうまく隠せる形にできてもいい。
よくあるコンセントつけわすれの後悔。うちは3か所。
キッチンカウンターは、近くに別のコンセントがあるので2万くらいでつけられないかな~
オープンクローゼットはあきらめた。別のコンセントから延長コード伸ばします。
まあでも不都合な点はこれくらいで、おおむね満足度高めに仕上がりました。
引っ越しは、かつて一人暮らしから二人暮らしになったときよりもはるかに大変でした。
月末の平日を業者を入れる引っ越しターゲット日とし、その日含めて3連休を取りましたが、まあ片付かない。
1日目は主な家具を移動&夜はとりあえずベッドで寝れるように
2日目は一生懸命旧居の掃除と残置物撤去を頑張り
3日目にようやく段ボールの開梱が始まる
という感じでした。
引っ越し日直前の土日も箱詰めしたりしましたが、なかなかやる気も上がらずはかどりませんでした。
うちはミニマリストとは対極のモノだらけマキシマリストなので仕方ないですね。
いらない大型家具はジモティーに出してみました。
地元に住む(?)外国人っぽい人からのコメントがすごい早さでつくのですが、やり取りしていると突然蒸発したり、こっちが日付指定しているのにこれから行ける?と聞いてきたり、写真に写りこんでいるだけの別のものを欲しがったり*1、なんかめちゃくちゃなのでつかれますね。
やり取りの中でまともそうな人かどうか判断するという余計な作業が発生しました。
なので、出品するならどれだけいらないものでも0円設定はやめたほうがいいですよ、500円は取りましょう。
いったん住みだすと当初想定していなかった買うべきものが無限に生えてきます。日用品・消耗品の類です。
具体的にはシャンプー・ボディーソープ類、洗剤類、スポンジ等の掃除用具、洗面用具、ファイル類、ケーブル類(家具を配置すると届かなかったりする)、衣装ケース(仕様をそろえるために無印で爆買い)、整理グッズ、文具・・・
基本的に捨てるなり奥底にしまうなりして行方不明になりがちなので、結構こまごまと買う必要が出てきますね。
なんかこれらだけで5-6万は平気で飛んでいますが、
さらに新居を作った理由の一つであるところのゲーム環境を整えるなどしているので、気づけば数十万単位でなくなっています。
そんなこんなで毎日頑張って働いて稼ぐこととし、ひとまずおうち建築シリーズは完結です。
*1:これはこっちも少しは悪いけども
4月に前回記事をまとめてから5か月が経ちました。
4月時点では基礎しかなかった家も、6月の上棟を経てあっという間に出来上がり、先日立会検査も終えました。
6月の上棟日。
Vlogでよく見るようなタイムラプスで撮影したいなと思って、Osmo Pocketを携えて現地へ向かいました。
勝手に8時スタートだろうと想像してその時間に行ったものの、到着時点でもう1階が組みあがってて素直にすごいなと(同時にそんな朝早くから作業していいんだという)。そしてタイムラプスはあきらめた。
その後は2週間に1度くらいのペースで、平日朝に箱買いしたドリンクを携えて顔を出したけど、基本職人がいい人でしたね。一回昼過ぎに行ったら大工のおっちゃんがめっちゃ昼寝しててワロタけど。
各所のSNSを見ていると、どこかで認識違いが起こってトラブルに発展する例が散見されますが、わが家はここまで業者とノートラブルで来ています。*1
気づいたらすぐ聞くこと、頼まれごと(登記等の事務手続き)はすぐ動くことで、営業とお互い信頼関係を結ぶことが当たり前ですが重要ですね。いい客であれということです。
そして我が家の工事費は、ありがたいことに概算で見ていた費用からマイナス方向に収まって、200万近くあまりが出るという結果となりました。しかも県の補助金が3月時点の条件よりも緩和されていて、気づけばうちも対象になっておりさらに負担額は下がりました。(自分では気づいてなくて、営業に言われて気づいた)。
補助金類もすべて合算すると、当初予算より300万程度下振れして、総額が4500万円くらいに収まる形となりました。
は重要と思いますね。
住宅ローンの金消契約を行うには新住所の住民票が必要なので、転入届/転居届を市町村に出すわけだが、これは実際に引っ越さないと出すことができない。
しかし引っ越すためには住宅ローンの金消契約を行って、家を引き渡してもらわないといけない。
なんだこのデッドロック。
結論としては建前上引っ越したことにするわけですが・・・なんでやねん。
2025年関西万博に行った後、せっかくなので2005年愛知万博に行ったときの記録がないかPCの中を探ってみたら発見しました。
事前にガイドブックを手に入れ、詳細な計画を作ったうえでバスツアーで行った記憶があります。どうやら4時起床、6時出発、2時着、3時就寝で行った模様。
目玉パビリオンを回る計画を立てて実際いろいろめぐることができたものの、結局は最後に行ったどこかアフリカのパビリオン、そしてそこで買ったヒスイの象の携帯ストラップが一番記憶に残っています。
この記憶があるもんで、2025年の万博は知らない国のパビリオンに適当に入ることを目的にして臨んだわけです。
バスを降りてゲートまで10分、10時には会場に入っているので、2025年と変わらないかむしろスムーズな感じ(入場で並んだ記憶があんまりないです)。
ただし日立館(MRゴーグルをつけて動物と触れ合えたらしい*1)はこの時点で当日予約が終了。3時間待ちなのでパス。
ライドが結構楽しかった記憶が。期間限定のライドなんて贅沢だな~~。

当時の記録)
映像の迫力満点! 名前の通り月が無かった場合の地球をシュミレートします。
円滑な動きをさせるために初めにロボットがいます。名前はりきまる。
右が1号(男)で左が2号(女) この2人(?)のトークが絶妙!

今の記憶)
月がなかったら地球は水のない荒涼とした風景になっていた、というシミュレーション映像だけ覚えています。
この万博の目玉は冷凍マンモス。「はいびじょん」な映像を見てから会場に入ったらしい(ぜんぜん記憶にない)。
動く歩道で運ばれながら冷凍マンモスを15秒くらい眺めることができましたが、どういうわけかマンモスだという興奮はわかず。

マンモスは一瞬だったので写真はないです。
そして無人バスITMS(こういう便利な乗り物が必要ですよ)に乗り、西ゲート近くの総合国際レストラン的なフードコートへ。ここで初めてケバブを食べた。
(関西万博は、各国の料理が一堂に会するフードコード的なところもなかったな~各国パビリオン任せだった)

そして最後は各国パビリオンを見て帰宅。食事後はどうやらすぐ近くのグローバルコモン6のタイ館に寄り、グローバルコモン3(写真のリビア館)付近を通って、グローバルコモン4のアフリカ諸国エリアで象のストラップを買って帰ったみたい。

思い出してみると2005年愛知万博は、1970年大阪万博のアナロジー的存在が支えるものが大きかったですね。太陽の塔に対する大地の塔や、月の石に対するマンモス。
これは2025年関西万博にはないもので、ある意味ノスタルジーから脱却したと言えるのかな。